鈴木草牛 水墨画美術館

鈴木草牛 略年譜
苦難と喜びのゆったりとした歩み


明治38(1905) 7月15日、茨城県稲敷郡牛久駅前鈴木功の二男として生まれる。
大正7(1918) 牛久小学校卒業、県立龍ケ崎中学校(龍ケ崎第一高等学校)入学。
大正10(1921) 画家を志望
大正12(1923) 県立龍ケ崎中学校卒業。
大正14(1925) 小川芋錢に師事し、日本画を学ぶ。
小川芋錢の紹介で岡本一平に師事し、漫画を学ぶ。
大正15(1926) 4月、東京美術学校(現・東京芸術大学)日本画科に入学。 同級生:東山魁夷、橋本明治、加藤栄三、山田申吾、細谷達三、田中一村など。 (田中一村は同年6月に退学)
昭和4(1929)- 第4回茨展に初出品。
昭和6(1931) 東京美術学校日本画科を卒業。
第5回茨展に出品。
昭和7(1932) 日刊東京新聞社に漫画記者として入社。
昭和9(1934) 記者を辞め、牛久の生家に戻り、画家として牛久の写生に取組む。
昭和10(1935) 茨城会館会館記念茨城美術展に「糸車」50号を出品。
茨城農工銀行買上げとなる。
昭和11(1936) 霞ヶ浦、浮島、水郷の四季を描きつづける。
昭和12(1937) 龍ケ崎町に転居。
12月24日いはらき新聞社従軍記者として中北支へ従軍。
昭和13(1938) 北支、徐州、済南、天津、北京、保定を経て6月帰国。
昭和17(1942) 水戸商工会議所、日立市役所で個展開催。
昭和18(1943) 龍ケ崎町役場に嘱託勤務。
昭和20(1045) 龍ケ崎町役場を退職。
昭和22(1947) 龍ケ崎町で水墨画個展を開催。
昭和23(1948) 龍ケ崎町郷土作家展に「雪の日」出品。
龍ケ崎中学校美術担当教師として赴任、以後20年間奉職。
昭和26(1951) 新興美術院再興第一回展(上野美術館)に「樹木」80号出品。
以後第25回展まで毎年連続出品。
新興秋季展(銀座三越・松屋)にも出品。
昭和30(1955) 新興美術院会員に推挙され、審査員となる。
昭和34(1959) 美松書店画廊(新橋)で片岡己代子、根本正と日本画三人展を開催。
昭和37(1962) 茨城県展運営委員となる。
昭和38(1963) 水戸伊勢甚で根本正と日本画二人展を開催。
昭和40(1965) 水戸伊勢甚で鈴木草牛・城子「水墨画と染色」親子展を開催。
昭和41(1966) 第1回茨城県芸術祭美術展委嘱「水郷」を出品。
昭和43(1968) 新興美術院理事に就任。
昭和44(1969) 茨城新聞社主催第一回茨城新興展に大作出品。
新興美術院九月会展を創立、日本橋東急百貨店で開催。
以降第7回展まで毎年連続出品。
昭和45(1970) 第5回茨城県芸術祭美術展審査員となる。
昭和47(1972) 第1回海外スケッチ旅行(中近東・ヨーロッパ11カ国)。
水戸伊勢甚で個展「中近東・ヨーロッパの旅より」を開催。
茨城県秀作美術展に「裏妙義」を出品。
昭和48(1973) 第23回新興美術院展に「阿蘇山」、「浅間山」、「桜島」の大作出品。
昭和49(1974) 土浦京成で個展「水郷水墨画展」開催。
水戸京成志満津で個展「水墨画展」開催。
現代河童美術展(上野京成)に河童2点出品。
第2回海外スケッチ旅行(タヒチ、ペルー、メキシコ、北米)。
第24回新興美術院展に「タヒチ踊り」を出品。
第6回九月会展に「タヒチ」、「水郷」、「浅間山」を出品。
第9回茨城県芸術祭美術展に「マヤの戦士」を出品。
昭和50(1975) 第3回海外スケッチ旅行(インド、スリランカ)。
第25回新興美術院展に「クリシュナ神と牧女たち」300号を出品。
第1回日本画代表作家展(銀座ソニービル)に「赤い象」を出品。
第7回九月会展に「インドラ天と踊子」、「象」を出品。
11月、胃潰瘍で国立霞ヶ浦病院に入院、手術。
昭和51(1976) 茨城県秀作美術展に「クリシュナ神と牧女たち」を出品。
第2回日本画代表作家展に「ペルーのインディオ」を出品。
昭和53(1978) 「鈴木草牛水郷素描集」を出版。
同出版記念展を茨城県立県民文化センターで開催。
昭和54(1979) 第4回海外スケッチ旅行(広州、武漢、桂林、漓江)。
昭和55(1980) 絵本「牛になった小坊主」(竜ケ崎青年会議所刊)に挿絵を描く。
昭和57(1982) 3月、「水墨画芸術の半世紀集」を出版。
同記念展を水戸県民文化センターで開催。
5月、「水墨画芸術の半世紀・竜ヶ崎展」を開催。
昭和58(1983) 3月、第5回海外スケッチ旅行(中国江南地方)。
昭和59(1984) 1月、第6回海外スケッチ旅行(ネパール、ヒマラヤ地方)。
5月、「水墨画牛久展」を牛久シャトーで開催。
11月、「水墨画取手展」を働く婦人の家で開催。
昭和61(1986) 4月、「水墨画50年の歩み展」を水戸県民文化センターで開催。
5月、第7回海外スケッチ旅行(スリランカ)。
12月、「津がるねぶた絵展」開催。
昭和62(1987) 11月26日、国立霞ヶ浦病院に緊急入院。
昭和63(1988) 1月8日、国立霞ヶ浦病院で逝去(享年82歳)。

----- 以 上 -----

inserted by FC2 system