鈴木草牛 水墨画美術館

言 葉 集


草牛の著述、記録、伝聞から拾い出したもので、それぞれ独立したものです。総合すると、鈴木草牛の人柄が滲み出てくるかと思います。 

芋錢に師事した当初の半年間、椿ばかり写生させられたことを思い出す。墨だけで影絵のような椿ばかりを描いた。これは対象の形を正確に把握する訓練になった。』 

『私の雅号「草牛」は、小川芋錢先生につけて頂いたものです。草は年毎に枯れては新生するその若さと、牛は力強い根気という意で、容易でない「えかき」という一生の仕事にこの若い力で奮迅努力せよとの教訓です。』

『わたしは芋錢先生の弟子ではあるが、模倣者ではない。わたしにはわたしの独自の画趣があります。』

『東京美術学校では、5年間、色彩画ばかりでした。』

『私が一番スケッチしたのは生まれ故郷の牛久と霞ヶ浦の孤島だった浮島です。その当時の写生帖の表紙に「第一歩」と記して残っています。このときから私の勉強は牛のようにのろまな歩みではじまりました。』 

筑波と水郷の美しさを大切にしたいものです。』 

『昭和12年中国へ従軍したとき、友人が矢立を買ってくれました。以後、スケッチも写生も毛筆が多く、いつの間にか水墨画を描くようになっていました。水墨画では線描の勉強が第一といつも考えて、自然の中にある美しい線をも毛筆で写しとるよう大切にしてきました。』

『一本の名墨を手にするには3年掛りますよ。』

『濁りのない墨色を出すまでには、30年掛ります。』

『中近東・ヨーロッパ11ヶ国の旅では西洋美術のあらましを見てしまったが感動が段々とうすれて、むしろ風景、風俗とか、民俗舞踏、フラメンコ、闘牛などが印象深く残っていて画題にもなった。地中海の色彩は鮮やかで美しい。』

『見れば解す。解すれば好む。好めば愛す。鑑賞第一歩。芸術はユーモアがなくてはならない。』

『美とは何ぞや――究極の美とは丸に点の「まるちょん」である。』

----- 以 上 -----

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